スマホの音声認識機能で玄関ドアの開閉を自動化できるIoTアプリを開発(株式会社LIXIL)

スマホの音声認識機能で玄関ドアの開閉を自動化できるIoTアプリを開発(株式会社LIXIL)

生活者視点に立ったイノベーションを推進し、住まいの水回り製品と建材製品を開発・提供する株式会社LIXIL。同社が2021年9月にリリースした『DOACアプリ』は、スマホ操作と音声認識操作による玄関ドアの自動開閉を実現した革新的なIoTサービスです。

本サービスの特徴は、既存の玄関ドアやカギはそのままに後付け設置ができること。手軽に自宅のバリアフリーリフォームができる製品として注目を集めています。

モンスターラボ(以下:ML)は、開発プロジェクトに要件定義から参画。アプリのUX/UIデザインからスマホ音声認識機能を含むアプリ開発の全工程を担当しました。

今回は、プロジェクトオーナーを務めた株式会社LIXILの今泉 剛 氏(写真右)、大澤 知自 氏(写真左)を迎えて、新規サービス開発のプロセスとMLとの協業について振り返っていただきました。

取材協力:
今泉 剛 / 大澤 知自(株式会社LIXIL LIXIL Housing Technology Japanビジネスインキュベーションセンター プロデューサー )

弊社プロジェクトメンバー:
楮山 花奈江 (株式会社モンスターラボ プロジェクトマネージャー) / 田波 美優(株式会社モンスターラボ テスターラボ) / 上野 裕人(株式会社モンスターラボ コンサルティンググループ統括責任者)

LIXILの新規事業開発を担うビジネスインキュベーションセンター

展示会で『DOAC』のプレゼンを行う今泉氏

展示会で『DOAC』のプレゼンを行う今泉氏

──ビジネスインキュベーションセンターについて教えてください

大澤:ビジネスインキュベーションセンターは、LHT(リクシルハウジングテクノロジー)という建材事業を中心とした事業体のなかで、新規事業を担う役割として2019年4月に新設された部門です。既存の事業体ではなかなかチャレンジすることが難しい分野を中心に、新しい事業の種を見つけることをミッションとしています。

既存事業のように綿密に調査をして明確に市場を捉えてからスタートするのではなく、アジャイル型で開発を進めてサービスを市場に出し、実際に運用しながら事業として脈があるかを検証し、事業規模を段階的に大きくしていく取り組みを行っています。

──お二方のプロジェクトにおける立ち位置を教えてください

大澤:今回のDOACは、ビジネスインキュベーションセンターで初めてローンチした商品・事業です。製造から開発までのコミュニケーションや営業など、すべてを俯瞰した立場でビジネスを成り立たせていくプロジェクト全体のリーダーを今泉が担っています。私はオペレーション関係のサプライチェーンを中心に社内外で調整を行い、うまくアセットとして活用できるようにバランスを取る役割を担当しました。

『DOAC』の開発に至った経緯

『DOAC』最大の特徴は既存のドアに後付けして使用できること

『DOAC』最大の特徴は既存のドアに後付けして使用できること

──『DOAC』の開発に至った経緯を教えてください

今泉:日本の玄関ドアの約8割は開くタイプのスイングドアですが、あまり自動化が進んでいません。横引きタイプのスライドドアは自動化が進んでいるので、玄関ドアも車のドアやハッチバックのように自動化されていくべきだろうなという考えが前提にありました。

海外のホテルって、入り口にドアマンが立っていて、ドアを開けてくれたりしますよね。バリアフリーが進んでいるアメリカでは、自動ドアにするかドアマンを配置しないと法律に引っかかってしまうので、ドアマンが一般的だったりします。DOACは「自宅のドアにもドアマンいたら便利」という発想から“ドアマン”をコンセプトに生み出された製品です。

──『DOAC』のターゲット層はどのように決められたのですか?

今泉:玄関ドアを自動で開閉できると、どんな人が一番メリットと感じてくれるのか。ベビーカーを押すママさんや買い物で両手が塞がっている人など、玄関前で困っている人のシチュエーションをいろいろ考えて、たくさんリサーチを行いました。

そんななか、最も強い共感を示してくれたのが、ハンディキャップを持っている方や高齢者の方でした。安価なものでもありませんので、価格に見合ったメリットを感じてくれる層をターゲットに、バリアフリーの製品として打ち出していこうと決めたんです。

──『DOAC』を後付け式にした理由を教えてください

今泉:新築で家を建てる際に、最初から自動ドアを設置するのはそんなに難しいことではありません。でも、30-40代の人が新築で家を買おうというときに、自動ドアが必要かというとそこまで需要は高くない。家を建ててから20年、30年と過ごして、足腰が悪くなってから欲しくなるものだということが調査から見えてきた部分でした。

ドアを交換することなく、スマートロックのように必要な機能だけ手軽に取り入れられたら、体が不自由な方々に喜んでいただけるのではないか、と。そんな想いがデバイスとして提供するというDOACの特徴に繋がっていきました。

── ユーザー調査は、どのように行いましたか?

今泉:初めはひたすらインタビューによる定性調査を行いました。高齢者の方は見つけやすかったのですが、意外と障害を持たれている方が周囲では見つからなくって。人脈をたどったり、ネットで探してみたり、NPO法人に協力を仰いだり、とにかくありとあらゆる手段を使いました。

また、定性調査をもとに仮説を立てて、それを立証するためにアンケートを用いた定量調査を実施しました。障害を抱えている方、車椅子を使用されている方、約1000人にアンケートに協力してもらって、どういう機能を求めているかを確認しました。

── 『DOACアプリ』の類似サービスはありますか?

今泉:自動化されたスイングドアは商業施設などでは導入されているのですが、玄関ドアに設置するとなると鍵を開けるスマートロックと連携しなければいけません。スマートロックは世界的に普及していますが、バリアフリーの観点でドア開閉の自動化と繋げている製品はあまり例を見ませんでした。既にあるドアに後付けできる、それを音声操作できるという製品は世界初の試みでした。

── 『DOAC』という製品に専用アプリを用意した理由を教えてください

今泉:先行してリモコン操作で製品を立ち上げていましたが、利便性を考えるとスマホ操作の実現が必須だと考えていました。コンセプトがドアマンですので、ただ操作できるだけでなく、スマホを取り出すのが面倒なときは話しかけるだけでドアが開く。バリアフリーの観点やUXの向上という面で、音声操作を可能にしたいと考えていました。

開発のパートナーに求めていたこと

開発手法には仕様変更に強いアジャイル開発手法を選択

開発手法には仕様変更に強いアジャイル開発手法を選択

── アプリ開発を外部に依頼した背景とベンダーに求めていたことは?

今泉:私自身、ソフトウェアのエンジニアではなく、特にアプリ開発に関する知見は持っていませんでした。加えて、UIデザインなども含め、ソフトウェアの設計に携わるのは、今回のプロジェクトが初めてでした。なので、言われたことをやりますというスタンスよりも、ビジネスを上流から理解して伴走してくれるパートナーであれば安心できるな、と。今回、企画の部分からローンチまでしっかりとお付き合いいただけたので、MLさんとご一緒できて良かったです。

大澤:そうですね。要件定義から参画して、実開発からテストまで一貫してアジャイル手法での開発を依頼できる部分が大きかったです。あとは、建材商品はユーザーが長期間使う製品なので、実績が豊富で信頼が置けるパートナーさんという部分も重視したポイントでした。

──プロジェクトをアジャイル開発で進めようとした理由を教えてください

大澤:私たちの部署は大人数が所属していて、各分野のスペシャリストが在籍しているというわけではありません。少人数でいかに素早く製品を世に出し、市場の中で検証していくかをキーとしているので、アジャイル開発手法がマッチすると思っていました。そういった観点で私たちが知見や技術を持っていないところを一緒に推進していけるという部分は、ベンダー選定の決め手として重要な点だったと思います。

──アジャイル開発手法でのプロジェクトを進められた経験はありましたか?

大澤:建材製品の開発は綿密なニーズ調査を行ってからスタートしたり、実績ある製品をもとにした改良開発というやり方が多く、過去にアジャイル型でプロジェクトを進めたケースはほとんどありません。流通のパートナーさんも幅広いので、意見を聞きながら、じっくりと長い期間をかけて検証するケースがほとんどです。

結果的に、なかなか市場を捉えることができず、お蔵入りになってしまうケースも過去にはありました。市場に受け入れられるか、どれくらい広がるかといったビジネススケールの可能性が判断基準になってしまったんです。

もしかしたら、その製品が持つ技能や価値が後日多くの人に受け入れられたかもしれない。そういった可能性を潰してしまうことにならないように、素早く製品を世に出して、そこから大きな芽を見つけて広げていくやり方が、変化の激しい今の世の中にマッチすると思いました。

『DOACアプリ』開発中のエピソード

iPhoneやApple watchを活用した音声操作にも対応

iPhoneやApple watchを活用した音声操作にも対応

──ハードウェアとアプリを同時並行で開発する大変さはありましたか?

今泉:動力の部分はすでに出来上がっていたので、それをどう動かすかのかが焦点になっていました。単純にBluetooth接続で動かすだけなら簡単だったかもしれませんが、セキュリティを担保しながら、通信の仕様を固めつつ、使いやすいUX/UIを設計してアプリに落とし込んでいかなければならなくて。

弊社もハードの開発を担当したサプライヤーさんもアプリ開発やアジャイル手法の経験や知見を持っていませんので、コミュニケーションの取り方を含めMLさんがうまくコントロールしてくれたという印象があります。

──コロナ禍による影響はありましたか?

今泉:コロナの影響がなかったら、ステークホルダーみんなで集まることもあったんでしょうけど、オンラインのやりとりを中心にプロジェクトを進めざるを得ませんでした。オンラインだけでもなんとかでき​​たのは、MLさんが間に入ってくれたからと思っています。

楮山:3社で使うスラックのワークスペースを用意して、そこでLIXILさんも見ている前提でサプライヤーさんとスラックでやり取りさせていただくことがよくありました。週に1回、朝会MTGを設定させていただいて情報を共有したり、オンラインでこまめに連携を計りながら開発を進めていました。

──Bluetooth接続を実装する際に苦労したことは?

楮山:LIXILさんの別案件でシャッターの開閉を行うアプリを開発した経緯がありました。まったく別物なので、すべてを流用できたわけではありませんが、Bluetooth接続でハードウェアを操作するアプリの仕組み自体は理解できていたと思います。

今回のアプリ開発で特徴的だったのは、Bluetooth接続を切断するタイミングをさまざまな場所に取り入れたこと。例えば、Bluetoothイヤホンの場合、基本的には自分自身で切断しない限り、スマホと接続したままになってしまいます。DOACアプリの場合、複数人が使うドアという製品の性質上、使ったらすぐに接続を切断しないと次の人が使用できなくなってしまうので。

この点に関しては開発を進める過程で後から気づきを得た部分でした。プロジェクトの後半に1対1でしか接続できないBluetoothの仕様を考慮して調整を行ったのは大きな作業でしたね。

──音声認識による操作はどのように実現していったのですか?

楮山:音声認識による操作は、iOSから先行してデモアプリを制作し、ハード側の設計や求められる要件をどのように実現できるかを確認していきました。

そのうえで、技術的に実現できること・できないことを仕分けし、どのように着地させるかを決めていきました。前例も無かったですし、OS間の仕様の違いも大きかったので若干バタバタしたところはありましたね(笑)。

──セキュリティ面で工夫した部分を教えてください

楮山:パスコードを入力してペアリングするBluetooth側の仕様では工夫が必要でした。例えば、将来的にマンションなどの集合住宅にDOACが導入されると、隣の家との距離が非常に近くなるので、接続先の候補が複数表示されるケースが考えられます。そういったときに、接続する機器を特定させたり、他人には接続できないようにする目的でパスコードを入力する仕組みを取り入れました。

ML・LIXIL社との協業で良かった点

『DOAC』の組み付けを行っている様子

『DOAC』の組み付けを行っている様子

──MLとの協業で印象に残ったところを教えてください

大澤:要件が固まらないなか、上流工程から参画いただき、しっかりとプロジェクトマネジメントをしていただけました。タイムラインや課題の確認・進捗も含めて、明確にしながら進めていただいたところは、MLさんにお願いして良かったと思っているポイントです。ローンチ間際のいろいろなフォローもありがたかったですし、OSのアップデートや新しい端末の登場など、今後変化が予想される部分への対応に関しても引き続きお願いできることに、非常に信頼を感じています。

今泉:私も大澤とほぼ同意見です。MLのエンジニアさんやサプライヤーさんなど、ステークホルダーが多いMTGにおいて、積極的にファシリテートしていただいたことが強く印象に残っています。

──LIXILとの協業で助けられた部分を教えてください

楮山:今回のアプリ開発はハードや通信方式に左右されてしまうことがあり、なかなか仕様を固めきれない部分がありました。技術的な調査を行ったうえで、どうしても変更しなければならない部分も出てきましたが、その都度、柔軟に判断していただけたのはとてもありがたかったです。

製品としてのあるべき姿やエンドユーザーにどのように使われるのかを念頭に、今泉さんや大沢さんがお話しされていたので、私たち作り手も納得感を持って開発に臨めました。完成したら良いプロダクトができるというビジョンが見えていたので、一緒に同じゴールに向かって進んでいる実感があり、とても楽しかったです。

田波:通常、テストをしていて「こんな画面あったらもっとわかりやすいのにな」とか「仕様を少し変えれば、もう少しユーザーライクになるのに」と思うことがあっても、なかなか要件を変更することはできません。ただ、今回のプロジェクトでは「こんなダイアログを追加したほうがいいと思います」というテスト側の意見を柔軟に取り入れてくださったことがとても印象的でした。本当に良いものをみんなで作りたいという感覚をチーム全体から感じられて、テストをしていてとても楽しかったです。

プロダクト完成後・リリース後の反響

世界初の音声操作による玄関ドアの自動開閉機能に注目が集まった

世界初の音声操作による玄関ドアの自動開閉機能に注目が集まった

──サービスリリース後、社内外からどんな反響がありましたか?

今泉:実は弊社の中でも世界初と謳える商品は過去に数えるほどしかなく、リリース後は社内外の大きな反響につながりました。「機能的にも技術的にも挑戦的な製品を作っている」という認識が広まり、テレビや新聞をはじめ、さまざまなメディアから多くの問い合わせをいただいています。

──今後の展望を教えてください

今泉:LIXILでは、玄関ドアに限らず、さまざまな製品のスマート化を進めています。最終的にはそれらがつながって、すべての人が快適に暮らせる住環境をつくっていきたいと思います。

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